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最期の時

 ニュースや新聞でいくつかの死亡事故を見聞きし、人の最期はどのように訪れるか判らないものだと改めて感じました。それは、有名人も普通の人も、徳のある人も悪人も区別がないようです。
 マラソンは人生に似ていると言われますが、決定的に違うのはゴールがどこか解っているかという点です。この差は大きいというか、全然違うと思います。
 大河ドラマ篤姫が最終回を迎えました。毎回筋の通った生き方を見せて貰い、取り合えず明日からの一週間もという元気を貰いました。最期のシーンも、針仕事をしながらうたた寝のように逝き、ああこんな死に方をしたいなぁと感じられた方も多かった思います。

負の連鎖

 地球温暖化、石油高騰・穀物高騰によるエネルギー・食糧危機、年金問題、金融危機、急激な景気後退と雇用不安…実際そうなのだろうが、毎日、テレビで連呼される増幅効果もバカに出来ないと思います。こんな時にお金を使うのが後ろめたく、罪悪感すら少し感じてしまいます。
 殺人ニュースが殺人を生むのも同様です。戦争への道もこうした効果、洗脳によってもたらされる危険が言われますが、どうにかならないものかと思います。見たい人がいるから報道しているというのかもしれません。自分の方がまだマシだと思いたい人間の心理がそれらを見たがっているのか、見ないと置き去りにされる不安から見ようとするのか。
 正の連鎖はすぐ終わり、負の連鎖は加速するものなのでょうか。

五輪マラソン

 昨年8月時の私の予想、野口・ヌデレバ・周は直前の野口欠場ニュースまでは変わらなかったし、故にヌデレバ金と確信していました。「来て見ればこれもありよねヘボ予想」。ノーマークのトメスクの逃げ切り勝ちに終わりました。銀のヌデレバは最近得意の後方待機策で、二位集団の前にトメスクがいるのをゴール前まで気付かなかったとか。
 五輪を特別と思うなというのは難しいのでしょうが、今回のマラソンでは「過ぎたるは及ばざるが如し」ということを感じました。練習にしろ対策、レースの作戦(予測)にしろ、やり過ぎ、考え過ぎ、策を弄し過ぎ、思い込み過ぎは禁物ということを。
 日本男子は箸にも棒にも引っかからない結果でした。女子も世代交代が進んでいないような感じがします。トラックの五千・一万mのように全く歯が立たない時代が来そうな予感がします。

年金・健保・ねずみ講・ギャンブル…

 気がつけば年頭の抱負も書かずに、今年初の書き込みとなってしまいました。
 世は年金問題に揺れ、後期高齢者健康保険の天引きに喧々諤々となっております。
 全くの素人考えですが、これらの治世・福祉の問題は、以下の二つの浮世の構図に告示していると思います。
 まず、ねずみ講。
 加入者がねずみ算式に増える、右肩上がりの時は配当がある、つまり納めた額より多く受け取れます。この方程式に陰りが見えるとやがて破綻します。
 次にギャンブル。
 競馬等の賭け事は、JRA等の運営に寺銭はつきものです。それを差し引いた残りの掛け金を、当たった人に分売します。つまり掛け金>配当の図式ですら、単純平均では掛けた人は損する以外にないことになります。
 年金も健康保険も、この二つの要素を持ってます。つまり右肩下がりの社会になっていること、そしてお役所という大きな寺銭の消費者がいるということ。何だかんだ言っても、それは胴元の理屈であって、騙されて泣くのは庶民の常ということなのだろうと思います。
 学校の歴史の授業で、昔は年貢の取立てが厳しく大変だ、今は民主主義で良かったなどど思っていましたが、実は何も変わっていなかったのですね。。。

行く年来る年

 今年の世相を現す漢字は「偽」ということのようですが、この流れは年越して心機一転、みな心を入れ替えてという訳にはいかないと思います。
 人よりチンパンジーの方が瞬間的な記憶力が良く、人はそういう能力と引き換えに思考力を得たそうですが、人は万能で頂点だというのは誤解だし、その人が思い描く、全てを手に入れようという願望は無理な話だということを再認識させられました。
 人間界の秩序の崩壊の根底には、地球環境の変動にって生物としての本能の変化が生じているのかも知れません。生存する為の条件が悪化によって、秩序・共存・友愛が種の反映に最適なプログラムではない時代になったとも考えられます。
 チャゲ&飛鳥のコンサートで、50歳になる飛鳥さんが「答えが見える年齢」の混沌さを語っていました。私は、何事にも答えもゴールもない、なくて当たり前と思うようになりました。ここがゴールだと思えればそうすれば良いし、神がいると思えば心の支えにすれば良いと考えています。結局何でもありの適当主義です。
 煩悩や悩みが次から次に沸くのは当たり前で、いじろうとすると作用反作用の法則で大きくなるようです。いじらなければプラスマイナスで中和して、一見何もないように消える場合もあります。
 私の場合、人生の後半の方が少なくなり、その最期を意識することが多くなりました。死に際に、自分の人生は不正解、失敗、負け組だったと悔いることがないように以上の心構えをしているのでしょう。自己満足、心穏やかに去りたいが為の自己防衛本能なのかもしれません。
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