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今年感動したこと

 自分は、元来記憶力のない人間です。想い出の曲は?とか道端でインタビューされても全く頭に思い浮かばないタイプです。思い出せなくても見たり聞いたりすると「ああ、あったあった」となります。
 前置きはこのくらいにして、今年感動したシーン。荒川選手の金メダル、実業団女子駅伝の弘山選手のラストスパート。とまあ、この程度です。自分のことでは…なかったですねぇ。まあ、めずらしいことでないのですが…。
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争いとは2

 鳥のヒナが兄弟を巣から蹴落とすのは、自然界の厳しさだと言いますが、人が身内を殺すと悪人と言われます。鳥よりも人間は知性があるから、そんなことをしてはいけない、やったら罪になるのでしょうか。
 そういう秩序を持った国家どうしが戦争して大量の殺人を犯しても、それは戦争だからということになります。反省しても人類史上、戦争のない時代はなかったのです。おそらくこれからも訪れることはないでしょう。
 最近の私の発言は、身も蓋もないものが多いと自分でも感じています。でも、いつの世でも人類愛を唱えても争いは繰り返されます。生物は生存の為に戦い、生存の為に平和を保とうとする時もあるのです。人類愛の為に動くのではなく、争わない方が都合が良い時、争うと損をする時に平和を唱えるのではないでしょうか。
 身も蓋もないのではなく、平和や愛ありきの本末転倒な考えがより良い解決の妨げになっているのではないでしょうか。家族、仲間、国家の愛は、相手にとっては危険、脅威であることが多いのです。表と裏は同じではない、プラカードの表に「愛」とあれは裏は「侵」と書いてあるのです。裏も「愛」と思う錯覚が争いへの道を選択するのです。
 身と蓋をしっかりと認識すると、バラ色の世界への焦がれ、夢やときめきはなくなってしまいますが、決定的な破局、戦争への道はほんの少しでも遠ざかるように思えます。

争いとは(1)

 少し以前に平和ボケという言葉を良く聞きました。一億総中流意識とも。そのころからストもデモもなくなってしまいました。
 つまり人は衣食住=生命の危険がなくなると闘争心がなくなる、争わなくなるものなのでしょう。人というよりも動物、生物の摂理に合った行動と言えます。
 その日本が格差社会への道を歩もうとしています。当然そこにはあつれきが生まれ、衝突、治安が乱れるのは避けられません。
 物・金優先の社会の弊害と良く言われますが、今まで享受していたレベルよりも下がったが為に危機本能が作動したとの解釈も成り立つのではないでしょうか。バブルまでの上り調子の時は起きなかったのは、未来が開けていると信じられたからです。
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