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体に良いこと悪いこと

体に良くないと言われることは、ついつい習慣化して抜けられなくなります。タバコ、夜更かしなどです。逆に良いことと言われることは、習慣化させ、維持することに努力が必要です。
なぜ、人は体に悪い方向に流されるのか?少し難しい命題なので、時々思いついた折に、考えてみたいと思います。
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小泉人気

別に政治に関心がないことが良いとは言っているのではありませんが…
大橋巨泉の出馬表明ではありませんが、小泉人気は余りにも盲目的な部分も大きいと思います。前任者が余りにも…で、全てが薔薇色に見えるのも仕方がないのですが、混沌の不安感から英雄・ヒーローを求める心理状況、何かにすがりたい心を抱くのも解ります。ただそのような状況下では、ナチス等の独裁政権の生まれた悲劇の事例のほうが多いとも言えます。
高度成長期には、人々は少なくとも将来に希望を持ち、今ほど不安は感じませんでした。その中では政治には関心がありませんでしたが、独裁政権の生まれる土壌ではありませんでした。
小泉氏が独裁者になるとは、私自身思いませんが、盲目的な信用には落とし穴があるか、彼の言う「痛み」にはとても耐えられないでしょう。私も含めて戦後生まれの世代には「痛み」の実体験がなく、多分に観念的で、現実に直面した時に耐えられないのではと思います。
小泉氏がサッチャーがサッチャーになるか、団子三兄弟になるか…日本人気質が裏目に出なければ良いのですが…

米国のワナ(被害妄想的考察)

 何も詐欺師とまでは言いませんが、バブルの崩壊は米国が巧妙に仕掛けたワナではなかったかと思います。
 市場開放、企業形態の変革、商習慣、終身雇用制度の廃止、ゆとり教育etc.…すべて米国流の一応グローバルスタンダードと言われるものを押し付けられ、また日本もその気になって導入しました。となり(アメリカ)の芝生は綺麗に見えました。でもそこも沢山の問題を抱えた社会だったのです。自分と比較して、良いとこ取りをすれば良かったのに、自分の秀でた点も捨ててなびいてしまったのです。
 その結果、オセロのように一気に逆転してしまいました。米国に角のポイントを抑えられていたのです。残ったのは大きな負債と病んだ社会現象でした。

 イチロー、野茂、佐々木が米国で通用しているのは、自分のスタイルを持っていて、向こうでも崩さずに貫いているからだと言われています。信念・確信に裏打ちされたスタイルを持つこと、個人にも国家にも必要なことです。

カール・セーガン博士

今日、博士が書かれ、遺稿となった「人はなぜ似非科学に騙されるのか」前後2冊を読み終えました。氏の考えに共鳴し、何度か断片的にこのエッセイでも引用させてもらいました。死を予期されていたのかは解りませんが、憂いに対して真正面から意見される文面に感動しました。

外相訪米

物議をかもした訪米が終わりました。
米国の新聞は大きく取り挙げており、物申す日本の女性に関心を寄せています。少なくとも日本の政治家・官僚やメディアより、評価は高いです。こういう積み重ねが、単なる属国と軽んじられていた存在から脱却する一歩一歩となるでしょう。
大体、こんな国が常任理事国になったところで、米国の太鼓持ちになるのが落ちで、全く存在意味がないというか、多くの国の迷惑になるだけだと思います。意義を言い議論することで、認められるのが欧米流です。すべて欧米流が良いとは思いませんが、自分の意見は言うべきでしょう。
理不尽な国の意見でも、意外に交渉のまな板に乗せるのが、米国の不思議です。
今までの外務官僚の方が、いかに国益を損じていたかが解ったここ数日でした。

Windows ME

やれやれ、やっとネットにつながりました。
昨日の朝にWindowsMEにアップグレードしたら、ネットに接続出来なくなり、ヘルプやらReedmeやら見ながら悪戦苦闘。なんか核心でない場面で復帰しました。本当にパソコンは良く解りません。まだこれらかも不具合に遭遇するかも知れません。これで我が愛機もCPUを除くとかなり変更したことになります。
今までの95でも満足して敢えて98にも2000にもしなかった(怖かった)のですが、周辺機器で使えるのが少なくなったのと、漢字が解らないので日本語変換も多少良くなったみたいなので思い立ちました。

マーク屋

競馬でもマーク屋というか、人気がない時に徹底的に本命をマークして勝つ馬がいます。でも自分が一番人気になり、逆にマークされる立場になったたら、期待を裏切ることが多いです。ダントツの人気でも自分でレースを作って勝つ馬が、真の強い馬と言われています。
 日本は残念ながら前者の部類でしょうか?米国に追いつき追い越せの時代は、飛ぶ鳥を落とす勢いでしたが、トップに立った途端、何も出来なくなり、一瞬のうちに凋落してしまいました。

PHP

 中学くらいだったでしょうか。
 家には父が定期購読していたPHPを毎月、会社から持ち帰ったものが棚に並んでいました。松下幸之助が作ったPHP研究所が発刊しているA6サイズの小冊子ですが、様々な人がその月のテーマや自由な題材について三者三様の意見を綴っているものです。
 これらの冊子に私は、かなり影響を受けたと思います。

 大学で上京してから、帰省時に京都駅を出てすぐ左手にPHPのビルが見え、なおさら親近感を覚えたものでした。

ネパール?

 王室、皇室のいうのは「へげどん」あるいは「司祭」のような役割り、つまり公平な裁判官、心の拠り所であることが人民から求められる存在です。特に日本は、そうだと司馬遼太郎氏は述べています。だからこそ、他国とは違い延々と単一の家系王朝が続いています。タイ国にも当てはまるでしょう。
 自らが権力を行使することは、利害関係の争いに入ることになり、盛衰の流れにはまるということになります。今回のネパールの惨劇については、中々真相は解からないでしょうが、このようなことは国内の混乱と王家の存在意義を失うことになるのではないかと感じます。

ネパール?

 ネパールの王室の流血事件が連日報道され、様々な憶測を呼んでいます。
 話は別ですが、ハンセン病の劇的ドラマも法務省の具申に小泉さんが乗ったという裏話が出ました。事実で政治家がドラマ仕立てにしたのか、官僚の横槍リークかも知れませんし、真偽の程は解かりません。遠い国ではなくとも報道というのは、絶対公平というものではありません。現実の世界と、網膜やら聴覚に入り更に脳で認識される世界とは違うものでしょう(ただ感覚器以外から現実の世界を知る良しもありませんが)。メディアについてはなお更世論やら権力やらの影響を受けます。だからと言って体制批判する機関が正しいと言う訳でもないし、結局受け手が自分の眼で判断するしかありません。
 現在読んでいる「人はなぜエセ科学に騙されるのか」(カール・セーガン)の中で提唱されていることと同じです。何でも色眼鏡なしに受け入れることと、懐疑心を持って検証することのバランス…実に難しいです。

 …ということで、次回へ続きます。

言語

 昨日まで3日間、通訳付のセミナーを受講したのですが、今更ながら英語の勉強しときゃ良かったと思います。元来口が重い私には興味が湧かなかったし、何より単語を覚えるのがおっくうでした。(好きな競馬の馬名も中々出てこない)
 人類が世界中に展開する方が、言語の発達より早かったせいか、地球上には様々な言葉があります。まあ、国内でも方言丸出しの場合、聞き取れないこともあるのですが…。
 今は、生きているうちに携帯の通訳機が実用化されないかなと、期待するのみです。

事件

 今日もまた悲惨な事件が起きました。
 重い話はあまり書きたくないのですが…
 こういうこういう場合、精神障害(異常)とか心神喪失だとか、すぐに弁護士やら人権擁護団体と称する方々の意見が出ますが、私に言わせると「だから何なんだ」です。過失や正当防衛ならともかく、社会生活をしていたのだから罪は償って貰わないと社会が成り立たないと思います。前にも書きましたが、ハムラビ法典の考えです。そうでなかったら誰が責任を取るというのでしょうか?幼い子供を狙うこと自体、計画性があったのではないでしょうか?
 一昔前なら年に一度あるかないかの事件が毎週のように起きている現実は、急激な高度成長の次に来る急下降の付けのような気がします。

赤青黄色

 今日、米国人が話の中で信号を「グリーン」と言っているのを聞いて、昔を思い出しました。小学校のテストで信号機の色を書きなさいという問題があって「赤・緑・黄」と書いて×を貰ったことを…。
 記憶力の悪い私にしては良く覚えていて、子供ながらに合点が行かなかったのだと思います。教科書には青と書いてあったんでしょうが、別にひねくれていた訳ではなく、素直に緑に見えるから緑と書いたのでした。カバーの色は青かも知れませんが、黄色のランプの色と混ざると緑になります。点灯する前の色が正しいのか、点灯した時の色を呼ぶのが本当か、どうなんでしょうか?
 まあ、大した話ではないのですが…。

田中外相

 いずれこの話題を論じざるを得ないのでしょうが、様々な報道、論評、デマがあり、未だ田中外相の資質は解かりません。
 ただ米国の防衛構想について、異論を行ったと言うのは、内閣の不一致なのかどうかは別にして、構わないのではないかと思います。言うべき事は言うというのが外交の鉄則です。どんな国でも大国に物申しています。わざと外交手段として張ったりをやっている国もあり、見え透いた古典外交と言われつつ、それなりに渡り合っています。
それに比べて日本は、強い者には追随するのみで、弱い(失礼)国にはばらまき外交の成り金趣味といった面持ちです(実はばらまきの相手国にもバカにされてたりするのでは?…)。
 その意味では今回発言にも米国は傍観しており、騒ぐのは国内の反対勢力ばかり、挙げ句に情報の出所の豪州の外相にも事実に反すると言われてた(小泉さんと争って恥をかいた)元首相は更なる赤っ恥といった茶番劇状態です。
 情報を漏らしたのは、その場にいた外務省の面々だということは解かりきった話ですが、彼らはエリートと言いつつ、へっぴり外交の張本人、お受験に明け暮れて、喧嘩を知らない方々です。いつも薄ら笑いを浮かべて画面に登場する外国人コンプレックス?の某次官は、内心追いつめられているんでしょうねえ。

イチローの言葉

 先日イチローが地元の学校を訪れた時のスピーチが報道されていました。「早く目標を見つけて頑張れ」という主旨でしたが、それに超したことはないと思います。ただ、早く見つけられなかったら人生は終わりというのでは、つまりません。 北条早雲は当時は老境に入る40歳過ぎから動き始めて今川家を助け、最終的に伊豆から小田原、関東南部を治めるのですが、気の長い戦略で勝ち得ました。当時の寿命など眼中にないような生き方で、途中で寿命が来れば、それは天が望まなかったからそうなったのだから仕方がないという発想でした。
 小生のような40歳を過ぎた者にも「遅い」ということはなく、望めばチャレンジ権があるのだと思わせてくれます。

円周率(少し教育論)

 大分古い話ですが、ふと思い出しましたので…
 3.14…の円周率を3にするなどと言うアホな教育方針が決まりました。まともに考えると受験勉強に苦しんである地位にまでなった文部官僚の老いた決断としか思えません。単に暗記することは学習にはならないと考えているのでしょうか。それは試験の為の勉強と基準しか持ちあわせなかった悲しい人々の、いらぬお節介に過ぎません。
 3.141592…でしたっけ?
記憶力がない私にはこの程度しか覚えられないことはどうでも良いのですが、自然界の法則はシンプルに現されるという、たしかアインシュタインの説に反して無限に続く数字は、自然界の不思議を思い知らされます。
 これが3と教えられては、どういうことになるのでしょうか?
ゆとり教育の余った時間で、CGの虚構の世界で遊べというのでしょうか?虚構の教育(と言えるのか)の先には虚無の海が広がっています。
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